障害を受け止めて生きるとは



娘が通園施設に通っている時であった一人のお母さんから、東京には障害児の発達を
促す教育をする施設があると教えてもらった。

東京から転勤で福岡にきたお母さんはその施設でずっと指導をしてもらっていた。
その指導を娘にも受けさせたいと思った、福岡の地でどんなに探しても
見つけることはできなかった、最重度の子供の指導。

障害は治らない、こんな子は入所施設に入れなさいと開業医から言われるような
そんな時代だった。



東京まで娘を連れて行った、東京まで通うことはできません。

でも親が先生から指導してもらいながら、子供の発達を促す取り組みをさせてくださいと
お願いした。


もちろんすぐに受け入れてはもらえなかった。
親は親であるべきだと、施設長の先生に諭された。


それでも教えてくれた友人と一緒に力を合わせて頑張りたいと、何度も足を運んだ。


東京に行ったのは何度目だったか、ようやく施設長の許しを得て土曜日にそれぞれの
子供をマンツーマンで指導し、ビデオで撮影した。

撮ったビデオを東京に送り指導方法や教材を検討してもらい、親がどう対応するのか
指導を受けてその週の土曜日、教えられた事を実践した。

子供が園や学校に通っている間に教材を手作りし、ビデオを見直して・・・

施設長が無理だと言われたことが、私にはすぐ分かった。

冷静に反応を見ることがどんなに難しいか、苦悩というほどのものではないかもしれない

親であるべき自分と指導者の自分の狭間で揺れ動いた。

私たちを直接指導してくださった若い女性の先生が親身に応えてくださったから
卒業することができた。

何人かは一緒に頑張って指導を始める人もいた、その指導が何になるのと
思っている人もたくさんいた。

普通の子供は塾に行くでしょ、障害があっても塾に行ってもいいんだよと言いながら。

娘たちが養護学校を卒業するころには、障害児の指導をしてくれる施設が増えてきた。


何もしなければ、そのままか、退行していくかもしれない。

適正な刺激を、上手に与え続ければたとえ障害があっても成長はできる。


打てば響くような成果はない、でも何かしらのアクションを起こしてきた子供たちは

いま、牛歩のごとき歩みながらも成長し続けている。

掘り起こしたリンクが、昔を思い出させてくれた。



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